本日はお忙しい中、ようこそ野口伊織記念館に、お越し下さいました。
野口伊織、という男がいました。
ご存知ですか。
いつも肩からカバンを下げ、手には大きな紙袋を持って、時間を追いかけるようにセカセカ歩き、遠くからでも青信号の点滅を見ると猛然とダッシュして信号を渡る人でした。
思い立つとすぐその場で行動に移さないと気が済まず、知りたいことがあれば考えをまとめる前にまず受話器をとり、
「あのサー、えーと、なんだっけ・・。あっそうだ!」
と、ここから質問が納得するまでしつこく続く人でした。
中年の身体に、少年の好奇心と感受性と負けん気を持って、テニス、ジョギング、写真、山、御神輿、ジャズの演奏、クルマ、旅行、デザイン、映画、宇宙、絵、花火、コンピュータ・・、夢中になるものが、沢山ある人でした。
その中でも、ワクワク、ドキドキ、最高の緊張感を伴う、とびきりのお楽しみが、お店を創ることだったのです。吉祥寺を町から街に変えた男。と言われたこともあるようですが、街を創ろうとか、変えようという意識はまったくなかったようです。
「どうして、全部違うお店をつくるのか。」よく言われた言葉です。
「ふっ、ふっ・・・」と静かに笑っていましたが、心の中ではこんなふうに思っていたのではないでしょうか。
「えー、だってさー、同じ絵書くより、違う絵書きたいもん、オレ。映画だっていつもおなじもの見るより、いろんな映画見たいしさあ。あ、そうだ。そんな才能ないけど、もし映画撮る才能があったら、同じもの撮らないよね。」
遊びも、仕事も同列でいつも一生懸命。
無防備で、隙だらけで、毎日「ぎゃははは・・・」と笑って、呑んでいても彼がいれば必ずまわりに大爆笑がおこり、お通夜の時でさえ、賑やかなことが大好きな彼がここにいたらそうしただろうと、みんな棺の前で一晩中呑んで、騒いで、笑って、泣いて、真っ赤な目の笑顔で彼の写真と記念撮影。ご近所からうるさいとクレームがくる始末。
いかがですか。野口伊織、へえー、そんなヤツがいたんだと興味をお持ちの方、いらっしゃいましたら、この記念館、お時間の許すかぎりどうぞごゆっくりご覧下さいませ。
                       館長 野口満理子

(野口伊織記念館www.iori-n.com  9月1日スタート)